先輩たちの言葉

2012年(平成24年)4月入社、サービス部に配属
中日本自動車短期大学 自動車専攻科修了、塩尻市出身

仕事の原点は自分のなかにある。

自分の手で車に触れてみたい。
僕が整備士への道を進むことになったのは、こどもの頃からのこんな思いがきっかけです。消防車や救急車、パトカーといった「働く車」に夢中だったこどもの頃からの思いは、成長しても変わらなかった。中学3年次に進路を考える時、迷わず自動車科がある高校へ進学を決めたのもこの思いが根底にあったからだと思います。
高校卒業時は自動車整備の知識をさらに得るべく、中日本自動車短期大学に進学。
短大での2年間は、大好きな自動車に関する講座を受講することで、新しい知識を吸収するおもしろさを知りました。短大卒業後は自動車専攻科に進学、朝から晩まで車漬けの日々を送ることに。
専攻科では今まで学んできたそれぞれの知識が、やっと自分のなかでつながるようになったと実感しました。

さまざまなことを学び、社会人として松本マツダオートで働き始めたのですが…入社当初はわからないことばかりでした。あんなに勉強してきたのに、と思う反面、車の構造やエンジンの仕組み等の知識だけでは、現場では役に立たないことを思い知らされました。知識はあるのにできることが少ない状況は、けっこう辛かった。だから気持ちを切り替えて、自分ができることを一生懸命することにしました。といっても、できることは少なかったんですけどね(笑)。
当時の僕にできることは納車準備作業だったので、とにかく集中して作業を進めるようにこころがけました。そのうち自分が仕上げた車を見て、お客様が大変喜んでくださったことを上司づてに聞き、とても嬉しかったことを今でも覚えています。
今は自分ひとりでも進められる作業も増え、効率よくこなすこともできるようになりました。お客様から「このあいだ修理してくれたから、車の調子がすごくいい」と声をかけていただくと、落ち着いて「ありがとうございます」と申し上げながら、内心では「よし!よし!」とめちゃくちゃガッツポーズを出している自分がいます。

修理や点検のために整備工場に来る車は、どこがおかしいのかちゃんと教えてくれる。けれど、どう修理すればよいかは教えてくれないんです。だから経験をベースに目や耳、鼻などの五感をフルに使ってトラブルシューティングを確実に決められる整備士になりたいです。
そしてできればずっとこの仕事は続けていきたい。なぜなら自分の原点はやっぱり「自分の手で車に触れてみたい」という気持ちですから。


2007年(平成19年)6月入社、販売営業部に配属
都留文科大学中退、松本市出身

今の自分はあくまでも人生のなかの通過点

中学、高校と野球部に所属。ずっと野球ばかりしてきた僕は教員になって野球部の監督をし、野球のすばらしさを教えたい、という夢がありました。というのも高校時代の部活の先生が、僕の人生を変えてくれたから。自分みたいなやつの話をじっくり聞くことのできる先生になりたい。そう思い、都留文科大学に進学。けれど現実は厳しかった。いくら教員になりたいと思っても、地元での採用枠はほとんどない。教員への道はあきらめて、別の道を進まざるを得なかったのです。

じゃあ自分の好きなことってなんだ?
そう問いかけて思いついたのは「人と接すること」でした。
長所は話しかけやすいところ、そしてすぐ感情的にならないところ。高校時代から男女問わず「相談しやすい」と言われたところも強みだと思いました。
だからハローワークで松本マツダオートの営業職を紹介された時には、これだ!と。採用通知をもらった時は、心底嬉しかったですね。

ただその頃の僕はいろいろ問題を抱えていて。教員を目指して入学した大学を中退、社会で通用する資格といったら普通自動車免許くらい。社会人としては、むしろマイナスからのスタートでした。
もちろん営業としての経験も皆無なので、先輩方にはずいぶん迷惑もかけました。だからこそ仕事を覚えて早く車を売れるようになりたい。そして周囲に認めてもらいたい。
その一心で無我夢中で仕事をしていました。
社会人になって2年目の頃、松本マツダオートにはじめて来店されたお客様の対応をした時のことです。僕の話を熱心に聞いてくださり「そこまで薦めてくださるのなら」と、車のご購入を決めてくださったお客様がいらっしゃいました。嬉しかった。マツダの車の魅力をわかってくださったことも嬉しかったけれど、なにより嬉しかったのは僕を信頼して購入を決めてくださったことでした。

2017年で営業職に就いてちょうど10年目ですが、やっとこの仕事に向いているという自信が持てるようになってきました。いちど車を購入されたお客様が「また白澤さんから買いたいから」と連絡をくださると、やってきたことは間違っていなかったと、ありがたいきもちでいっぱいになります。

けれど僕は現状には満足していません。
自分の長所を生かして、会社全体を俯瞰的な視点で状況把握できるような営業にならなければ、と思っています。
更に自分にないものを補い、意識の殻を破って次のステージに向かって進んでいきたい。
そこに到達した時、どんな風景が見えてくるのか。今からその時のことを考えると楽しみです。


2012年(平成24年)4月入社、販売営業部に配属
長野県短期大学卒業、松本市出身

苦しい時こそ、自己再発見のチャンス!

生まれた時から身近なところで犬や猫が飼われていた私は、大の動物好き。将来は獣医になりたい、と思っていたほど。けれど理数系科目が苦手な私にとって獣医への道は、かなり難しいものでした。信州大学を受験するものの、不合格。信州大学の乗馬部に入部したかった…と落ち込んでいる私に、母がこんな言葉で励ましてくれました。
「これから一生馬に乗れないわけじゃないでしょ。早く社会人になって働きながら好きなことをしなさい」。
短期大学に進学後はアルバイトやさまざまな経験を通して、コミュニケーション力を磨きました。というのも口下手な上、緊張すると言葉が出なくなってしまう性質を自分でもよくわかっていたから。
だから将来の職業を考えるにしても営業職なんて絶対向いていない、とも思っていました。けれどもいざ就職活動を始めてみると、営業職や営業サポートの方が募集数が多い。どうしようか迷っていた時、またもやひとつのアドバイスが私の視点を変えてくれました。
「長野県は車が必需品。車のディーラー会社の営業関連の仕事なら、やりがいがあるんじゃない?」
大学受験の時同様、視点を少し変えるだけで見えてくるものも変わりました。
「不合格だったからできない」ではなく、できる道を探していく。
そして自分にはできないと思いこまず、まずは話を伺ってみよう。
そう思い、松本マツダオートのガイダンスに参加。結果、営業サポートとして社会人第一歩を踏み出します。

入社3年目にして、あれほど自分に向いていないと思っていた営業に転向することに。なぜか不思議なくらいに「やってみるか」と、決断できたことを覚えています。おそらく3年間のうちに営業の仕事の流れをつかんでいることが、自分の背中を後押ししてくれていたのだと。また先輩である白澤が「わかっているふりをするより、わからないなりに一生懸命話をすれば気持ちは伝わるから」といつも言ってくれたことも励みになりました。

その後、お客様の気持ちがつかめず販売実績がともなわない時期もありました。そうなると「受け身で待つ」態勢になってしまい、ますます伸び悩むことに…

2016年のリプレイスオープンがきっかけとなって、お客様とお話しする機会が増え「受け身」の態勢ではなにもできないことに気づきました。マツダの車の魅力を知ってもらうには「受け身」から「攻め」の態勢にならなくては!
そう気持ちを切り替えることができたのです。

今はまず、お客様からさらなる信頼を得られる営業になることが目標です。
自分の理想である安定感と起動力の両輪を備えた営業を目指し進んでいくのみと思っています。